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■菅原道真公 京都から大宰府へ

菅原道真公は、学問を盛んにという政策であった嵯峨天皇(さがてんのう)時代の845年、文章博士(もんじょうはかせ)と呼ばれる家系に生まれた。なんと5歳で和歌を詠み、その後も驚異的ともいえる文学の習得ぶりに、周囲の人々からは神童と呼ばれていたという。
讃岐守という地方官に任命された際には、住民の信任を集める人徳ぶりも発揮。宇多天皇からの信任は大変厚かったが、ある日、そのときの醍醐天皇(だいごてんのう)失脚を画策したという、いわゆるデマが流された。藤原一門と公卿たちが菅原道真公を追放しようとしたことと伝えられているが、計画は見事に成功し、太宰府左遷となったのである。妻は京に置き止められ、その心中は穏やかではなかっただろう。当時は劣悪な環境であった太宰府、菅原公はそれでも国家の平和と天皇家の安泰を祈る謹慎の日々だったという。その後、都では菅原道真公を左遷に追いやった人々が次々に倒れるといったことが発生。宇多上皇による左遷取り消しの訴えを、天皇へ取り次がなかったという蔵人頭はなんと落雷で死亡、道真を太宰府に追いやった張本人と目される、左大臣は39歳の若さで急死と、都では菅原道真公の怨念の仕業と噂が流れた。その後、天皇家の誤解も解けたのか、官位も戻りなおも出世(最終的には左大臣正一位に)したことや、菅原道真公を祀った京都の北野天満宮が建立されたことなどは、恐怖を鎮めるために行われたと言われている。
■道真公と飛び梅

太宰府天満宮は、菅原道真(すがわらみちざね)公(菅公)の御墓所の上に社殿を造営して、その神霊を御奉祀する神社で、「学問の神」「至誠の神」として世の崇敬を集めている。太境内に入ると右側の老樟下に『東風吹かばにおいおこせよ梅の花あるじなしとて春なわすれそ』菅公御神詠の歌碑が早春の梅花匂う参道に向かって建立され、御神徳を慕って詣で来る人々に、なつかしく仰がれる。
梅花を愛した菅公が、大宰府へ西下の時、はるばるとあとを慕って一夜のうちに菅公のもとに飛んできたといわれる「飛梅伝説」。御本殿の右前の御神木『飛梅』は、千有余年たった今日も毎年神苑で最初の清香の花を咲かせ「飛梅さま」と愛されている。
今太宰府天満宮には全国各地より天神様に献げられた梅(これを献梅という)が197種類。極早咲・早咲・本咲・遅咲・極遅咲とあり、1月後半から4月上旬まで梅の花を楽しめる。梅の咲くころの3月第1日曜日の「曲水の宴」は、曲がりくねった溝の上流より盃を流し、自分の所に盃が来るまでに和歌を1首作るという優雅な行事。平安時代の十二単などの衣装もなかなか優雅な趣である。
■延壽王院

安楽寺天満宮留守別当大鳥居家の宿坊で、宝暦4年(1754)桃園天皇より院号を賜わる。慶応元年(1754年)から約三年間、朝廷を追われた三条実美ら尊皇攘夷派の五卿がこの延壽王院に滞在し、その間、西郷隆盛、高杉晋作、坂本龍馬ら大勢の勤皇の志士が去来して明治維新の策源地となった。
■心字池にかかる太鼓橋

太宰府天満宮の参道に在る石の鳥居(南北朝時代の建立・九州最古の鳥居・県文化財)をくぐると、朱塗りの欄干が目に付く。心という字をかたどった神池、心字池にかかる太鼓橋である。この太鼓橋と直橋の三つの橋は仏教思想にいう過去現在未来の三世一念の相を現わし、この橋を渡ることによって三世の邪念を払うともいわれ、参拝者の身を清める橋でもある。
6月、東神苑の菖蒲池と、太鼓橋が架かる心字池の周辺に、いっせいに花菖蒲が開き、約40種3万本が、白、うす紫、紫の美しい花をつける。
■志賀社(重要文化財)
心字池の畔にある社で、祭神は海神、綿津見三柱神(わたつみみはしらのかみ)。海上安全の海の神として祀られている。長禄2年(1459)建立されたといわれ、精巧なつくりと変化のある屋根等全体としては美しい工芸品ともいうべきであり、国の重要文化財に指定されている。
■太宰府名物「梅が枝餅」
菅公が榎寺に謫居されていた際、安楽時の門前で老婆が餅を売っていた。公の境遇に同情して時折この店に迎え、また餅を持参しては公の無聊を慰めた。公が薨去された時、公の好物であったこの餅を梅の枝にさして霊柩に供えて送った。この故事にならい梅ヶ枝餅と称して売り出されたが、この餅に公の霊が通じたか梅ヶ枝餅を食うと病魔を防ぐに特効があるというので著名となった。人気の店には長蛇の列ができ、最近では、駅・空港でも求めることができるようになった。
■御神牛

承和12年(845)年6月25日、乙丑(きのとうし)の年生まれの菅公は、延喜3年(903)年2月25日に死去。ご遺言に「遺骸を牛車にのせて人にひかせず、牛の赴くところにとどめよ」とあり、その牛が動かなくなったところを御墓所と定めた。それが現在の御本殿の地と言われている。文化2年(1805)乙丑の年に奉納されたこの神牛の臥牛像は、自分の身体と同じ神牛の部分を祈念を込めてお互いに撫でさすれば身体健在はもとより病気全快するといわれ、数多くの伝承が伝わっていて信仰の深さを知ることができる。
<写真/太宰府天満宮の楼門>
太宰府天満宮の楼門は国の重要文化財である
<写真/太宰府天満宮本殿>
太宰府天満宮は全国天満宮の総本山である。現在の本殿は天正19年(1591)小早川隆景の寄進により建てられたもの。
<写真/延壽王院>
現在、西高辻宮司邸である。
<写真/心字池と太鼓橋>
心字池は漢字の心を形どり、池の中では優雅に鯉が泳ぐ。
<写真/御神牛>
神牛の頭部を同じように撫でさすれば知恵が付くという言い伝えも。
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